神戸市の縄文時代の出土品
2012年04月27日
神戸縄文土器クラブです。
今日は、神戸市内で出土した縄文時代の土器についてのお話です。神戸市内ではあまり縄文時代の遺跡は多くありません。須磨区天神町遺跡出土の石器が約1万年前の縄文時代早期のものです。また、北区山田町の志染川の段丘上の原野・沢遺跡から出土の土器の文様は緑帯文深鉢土器と呼ばれ、縄文時代後期前半のものです。

【神戸市埋蔵文化財センター企画展示資料より】
神戸市垂水区五色山にある兵庫県下最大の前方後円墳「五色塚古墳」全長194mで4世紀後半ごろに作られました。大正10年に国の史跡に指定されています。
同古墳で出土した「円筒埴輪」48本が今月の20日の国の文化審議会で指定重要文化財に選ばれました。指定を受けたのは同古墳の周囲を3重に巡らされた円筒埴輪群(推定総数2200本)のうち発掘・復元できた48本。埴輪の全長は1.0~1.5mで上端が朝顔形のものなど3種類。(読売新聞4月21日抜粋)
今日は、神戸市内で出土した縄文時代の土器についてのお話です。神戸市内ではあまり縄文時代の遺跡は多くありません。須磨区天神町遺跡出土の石器が約1万年前の縄文時代早期のものです。また、北区山田町の志染川の段丘上の原野・沢遺跡から出土の土器の文様は緑帯文深鉢土器と呼ばれ、縄文時代後期前半のものです。

【神戸市埋蔵文化財センター企画展示資料より】
神戸市垂水区五色山にある兵庫県下最大の前方後円墳「五色塚古墳」全長194mで4世紀後半ごろに作られました。大正10年に国の史跡に指定されています。
同古墳で出土した「円筒埴輪」48本が今月の20日の国の文化審議会で指定重要文化財に選ばれました。指定を受けたのは同古墳の周囲を3重に巡らされた円筒埴輪群(推定総数2200本)のうち発掘・復元できた48本。埴輪の全長は1.0~1.5mで上端が朝顔形のものなど3種類。(読売新聞4月21日抜粋)
縄文時代の女性の暮らし
2012年04月18日

【棚畑遺跡】八ヶ岳山麓の長野県茅野市米沢に位置し、縄文中期の遺跡で、1986年9月に大型の土偶が発見されました。この土偶は「縄文のビーナス」と呼ばれ、集落中央の小さな穴に完全な形で埋められていました。妊娠しているようなおなかをした豊満な下半身には、縄文人の豊穣を願う気持ちが表現されているといわれ、世界各地の古代遺跡から見つかる地母神「ヴィーナス」の一種と考えられています。高さ27cm。1995年に国宝に指定されています。
縄文人の暮らしは男性は狩猟に女性はドングリやトチの実などを採集、そして最大重要は子孫を残す事です。大変危険な事です、母親も子供も非常に高い死亡率です、平均寿命は男性も女性も14.6才という推計です、其れは高い乳幼児の死亡率のせいです。 15年以上生きた男16.1歳、女は16.3歳で平均寿命は31歳だそうです。

縄文人は美味しい物を食べていたそうで縄文時代前期ごろから温暖化が始まり豊富な食糧で主食は里芋や山芋、アワやヒエえごま、又豊富な魚介類そして弓矢や罠などで猪、鹿、狸や野鳥などを食べていたそうです。衣服についてもカラムシや麻糸で作った衣服で冬は毛皮の上着、縄文人は今なら高級紳士服、高級婦人服です。またアクセサリーもペンダントやクシそして素晴らしいデザインの腕輪などと耳飾り、縄文人は大変おしゃれで緑の翡翠が好みです 続きを読む
縄文人の住居と生活
2012年04月11日
縄文人の住居と言えば竪穴式が有名ですが800箇所1000の住居跡の調査結果では、地面を50センチ程掘り下げ平らにして柱を4~6本立て屋根をふく、広さは平均的に6畳~8畳ぐらいで中央には石や土器片で作った炉があり4~6人が生活できるスペースです。
また住居の柱の使用材料は栗の木が多く用いられている、屋根は茅葺き通気性が良い、樹皮ぶき、土ぶきは保温性が良い、温暖と寒冷が繰り返されているので住み分けたと思います。炉端では肉や魚を焼いてまた土器を作って木の実や貝を煮て食べていた。最近のお話で千葉市の加曽利博物館で縄文時代の住居を復元平成23年3月に完成して4月から公開するそうです。
【加曾利貝塚博物館】での住居復元の様子
(工事前)
(棟上げ完了)
(下地が上まで組みあがり、壁もつくり始めました)
(遂に完成)
製作期間は約3カ月ほどのようです。
このほか縄文人の人口調査のお話が載っていましたが、本当にと思います?1万年前~2300年前で縄文時代早期2万人、縄文時代前期10万6千人、縄文時代中期26万人、縄文時代後期16万人、縄文時代晩期7万5千人と言って居ます。大変な時代ですが皆で助け合って暮らして居たようです。
※写真は千葉県加曾利貝塚博物館から引用
また住居の柱の使用材料は栗の木が多く用いられている、屋根は茅葺き通気性が良い、樹皮ぶき、土ぶきは保温性が良い、温暖と寒冷が繰り返されているので住み分けたと思います。炉端では肉や魚を焼いてまた土器を作って木の実や貝を煮て食べていた。最近のお話で千葉市の加曽利博物館で縄文時代の住居を復元平成23年3月に完成して4月から公開するそうです。
【加曾利貝塚博物館】での住居復元の様子




製作期間は約3カ月ほどのようです。
このほか縄文人の人口調査のお話が載っていましたが、本当にと思います?1万年前~2300年前で縄文時代早期2万人、縄文時代前期10万6千人、縄文時代中期26万人、縄文時代後期16万人、縄文時代晩期7万5千人と言って居ます。大変な時代ですが皆で助け合って暮らして居たようです。
※写真は千葉県加曾利貝塚博物館から引用
縄文人は何処から、何時から。
2012年04月08日
100万年前アフリカの地から出現た原人が、20万年前に新人類がアフリカを出て5~7万年前大陸へ、ジャワ原人、北京原人を経て、日本へは3万年~1万2千年前まで断続的に渡って来た原人が日本人を形成。

時代的には氷河期の終わり頃で旧石器時代から最後の氷河期、約1万年前頃に温暖化が始まり、縄文人の縄文時代へ。最古の土器は大平山元遺跡出土で測定は16500年前の土器片と石器で付着の炭化物で判明しています。

時代的には氷河期の終わり頃で旧石器時代から最後の氷河期、約1万年前頃に温暖化が始まり、縄文人の縄文時代へ。最古の土器は大平山元遺跡出土で測定は16500年前の土器片と石器で付着の炭化物で判明しています。
十日町市博物館友の会に入会しました
2012年04月04日
神戸縄文土器クラブです。
この度、弊クラブは新潟県十日町市にある「十日町市博物館」の友の会に入会することになりました。
同博物館は「縄文文化の里」として国宝級の土器が出土している十日町市にある素晴らしい施設です。

【写真】縄文時代中期 深鉢型土器 新潟県 十日町幅上遺跡 高さ35cm
ホームページもかなり作りこまれており、WEB博物館内にある「資料室」は見ものです。
http://www.tokamachi-museum.jp/
詳細なデータはもちろん、3D画像や写真も豊富に蓄積されておりホームページ内で学習できてしまうほどです。現在、土器を1点作製中ですがとても参考になります。
神戸では中々見られない素晴らしい縄文土器の文化がWEB上で見ることができます。
友の会の詳細資料が届きましたらまたご報告します。
この度、弊クラブは新潟県十日町市にある「十日町市博物館」の友の会に入会することになりました。
同博物館は「縄文文化の里」として国宝級の土器が出土している十日町市にある素晴らしい施設です。
【写真】縄文時代中期 深鉢型土器 新潟県 十日町幅上遺跡 高さ35cm
ホームページもかなり作りこまれており、WEB博物館内にある「資料室」は見ものです。
http://www.tokamachi-museum.jp/
詳細なデータはもちろん、3D画像や写真も豊富に蓄積されておりホームページ内で学習できてしまうほどです。現在、土器を1点作製中ですがとても参考になります。
神戸では中々見られない素晴らしい縄文土器の文化がWEB上で見ることができます。
友の会の詳細資料が届きましたらまたご報告します。