「尖石・与助尾根遺跡」出土深鉢土器いよいよ完成です
2012年09月05日
神戸縄文土器クラブです。
先日ご紹介した「尖石・与助尾根遺跡」から出土した縄文時代中期深鉢土器の復元制作がいよいよ完成しました!
「窯入れ」が終わり、再び窯から出てきた土器。釉薬を塗った写真です。
このあといよいよ最終の焼き上げ工程へ。

こちらが焼きあがりの写真です。先日のブログでもご紹介している

「伊羅保(いらほ)」という釉薬を今回も使用しました。味のある土器の肌のイライラ感が素晴らしく、個人的にこの釉薬が気に入っています。
現在、今月末に開催予定の「第2回 私の愛する土器たち展」に向けての制作が急ピッチです!次回復元制作する土器も同じく「尖石・与助尾根遺跡」に決定しています!
頑張ります!
【尖石・与助尾根遺跡】(とがりいし・よすけおねいせき)
長野県茅野市豊平南大塩にある縄文時代中期の集落遺跡。南側の尖石遺跡は戦前から発掘されてきた縄文時代を代表する遺跡の1つとして知られているが、現在では同遺跡と浅い沢1つ隔てた北側の台地上にある与助尾根遺跡と一括して扱われることが多く、「尖石」の名称は遺跡の南側にあった三角錐状の巨石の通称に由来しています。茅野市の縄文考古館には国宝「縄文のビーナス」や重文「仮面の女神」が展示されています。地元の考古学者宮坂英弌(ふさかず)によって1929年に石囲炉跡が発掘された。その後、宮坂は引き続き独力で1940年から本格的な発掘が開始され、1954年まで続けられた。また、1946年には与助尾根の発掘にも取り掛かった。与助尾根は1935年に現地を開墾中に発見されたものだった。
※参考wikipedia
先日ご紹介した「尖石・与助尾根遺跡」から出土した縄文時代中期深鉢土器の復元制作がいよいよ完成しました!
「窯入れ」が終わり、再び窯から出てきた土器。釉薬を塗った写真です。
このあといよいよ最終の焼き上げ工程へ。

こちらが焼きあがりの写真です。先日のブログでもご紹介している

「伊羅保(いらほ)」という釉薬を今回も使用しました。味のある土器の肌のイライラ感が素晴らしく、個人的にこの釉薬が気に入っています。
現在、今月末に開催予定の「第2回 私の愛する土器たち展」に向けての制作が急ピッチです!次回復元制作する土器も同じく「尖石・与助尾根遺跡」に決定しています!
頑張ります!
【尖石・与助尾根遺跡】(とがりいし・よすけおねいせき)
長野県茅野市豊平南大塩にある縄文時代中期の集落遺跡。南側の尖石遺跡は戦前から発掘されてきた縄文時代を代表する遺跡の1つとして知られているが、現在では同遺跡と浅い沢1つ隔てた北側の台地上にある与助尾根遺跡と一括して扱われることが多く、「尖石」の名称は遺跡の南側にあった三角錐状の巨石の通称に由来しています。茅野市の縄文考古館には国宝「縄文のビーナス」や重文「仮面の女神」が展示されています。地元の考古学者宮坂英弌(ふさかず)によって1929年に石囲炉跡が発掘された。その後、宮坂は引き続き独力で1940年から本格的な発掘が開始され、1954年まで続けられた。また、1946年には与助尾根の発掘にも取り掛かった。与助尾根は1935年に現地を開墾中に発見されたものだった。
※参考wikipedia
Posted by 神戸縄文土器クラブ at 20:30│Comments(0)
│制作中土器
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